Active Second Life

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美しい月と夜空の星の思いで

場所は何処でもいいのですが、夜空に月と星、できれば「半月」と「満天の星」が観れれば最高です。

ここ2回の、とっても印象に残っている「月」と「星空」の事を書きます。

1つは、韓国に仕事に行っている時のことです(2003年6月)。

職場の仲間たちと韓国の中央にある鶏龍山「ゲリョンサン(Gyeryongsan)」に登山した帰りのことです。下山時、予定通りに登山口まで辿り着けず、とうとう夜になってしまいました。

山中だから、辺りには明かりらしい明かりが殆どありません。幸運にも、大きかった月の明かりがあって、どうにか夜の登山道が歩けました。ですから、月と星をくっきりと眺めることが出来ました。

しかし、気持ちは登山口までなかなか着けない焦りがあり、その上、心配が募っていて、イライラした気持ちの方が強かったことを思い出します。でも、月明かりと美しい夜空の星が心を癒してくれました。自然の恵みと言うものなのでしょうか!

2つ目は、今年の10月に北海道旅行した時のことです(2006年10月)。

温根湯温泉の大江旅館で、夜中の3時ごろ露天風呂に入った時、辺りは暗く、人影が殆どなく、一人だけ露天風呂に入って月と星を眺めたときのことです。

夜中に一人だけ露天風呂に入って月と星を眺めたなんて、これだけでロマンチックなようには思えませんか?

月はどれだけの大きさだったか思い出せませんが、空気は綺麗で、冬の星座や満点の星が眺められました。

勿論、星座はあまり知らない人なので、オリオン座、カシオペア、北斗七星、北極星(ポラリス)くらいが分かる程度です。しかし、露天風呂につかりながら、ゆっくりした気分で、くっきりした夜空の星座を眺めていました。

あの韓国ドラマ「冬のソナタ」で有名な「ポラリス」を眺めながら、「ジュンサン(ミニョン)」と「ユジン」の純愛を思い出していました。

本当に気分の良い「時の流れ」の中にいました。ちょっと書き過ぎでしょうか!

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2つの「月と星のこと」を思い出しながら、今年の大晦日の朝を過しています。側のミニコンポから「ハイドンのセレナード」が心地よく流れています。

今の時の流れも最高です。

私って最高に幸せです!!
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by kouchan-life | 2006-12-31 09:30 | 自然

子供達の情緒や感性を育てなかったことが「いじめ」や「自殺」につながったのでは!

最近の子供達は、昔と比較して「情緒」や「感性」が低いように思われてならない。

今の親達は、子供を育てている過程で、子供と接触する時間が少なく、さらに、子供の情緒や感性を育てることの重要性を意識することが薄いように思われます!!

子供達の何もかもを「学校教育」や「先生」に任せきりになっていないだろうか?

これと関連して、「情緒や感性の低い子供」が増え続けているように思われます。

例えば、どこかに出かけることは多くあっても、ほとんどが車を使って移動する。玄関から遊園地、映画館、ショッピングセンターまでを車で移動する。子供達は車内でゲームをしたり、カーナビで漫画を観たりしている。外の景色を見ることは少ない。

これでは、木や草花を眺め、そこいらを走っている動物を眺めて季節を感じたり、生物の営みを見たり感じたりすることはないように思われる。

車で出かけずに、近所の田んぼや神社仏閣がある辺りまで歩いてみては如何でしょうか!!

歩いている途中には、沢山の自然の営みを見ることが出来ます。実際の目を使っての観察です。自然を眺め、お父さんやお母さんと会話する中で、子供達は今まで経験したことのない自然の営みを発見します。大発見です。

車で行くのと違って、自然が詳しく観察できます。五感を活性化し、どれだけ感性が育てられることだろうか、また、情緒ある子供達に成長して行くことだろうか!

情緒や感性が育てられないと、他人を大事にする気持ちや生き物を育てる気持ちが養われない。生き物には生命や寿命があることすら理解できない!

特に、ゲームなどで生き物を育てたリ、育てられなくて死なせたりしていると、ゲーム感覚で生き物を殺したりする。生き物を殺すことを何の拘りもなく実行する。その後、スイッチを入れると、また生き返ったりします。このようなことばかりをしていると、殺すことや生き返ってくることが、ゲーム感覚になってしまっている。

このようになった情緒や感性では、「人を愛する気持ち」も「生き物を大切にする気持ち」も薄いように思われませんか?

この感覚でいると、他人や動物をいじめたり、殺したりすることが平気で出来るようになるとは思いませんか?

また、自身の気に入らないことがあると、もう一度生まれ変わって新しい自分をつくりたいと思って、簡単に自殺し、生き返れるような錯覚に陥ることともありうるとは思いませんか?

これって、短絡なものの考え方だけのようには思わないのですが如何でしょうか?

このまま、親が気付かずに努力しないで感性の低い子供達を育て上げ続けるならば、今話題になっている「いじめ」や「自殺」のなくならない社会が継続するように思います。

私のこの考察が間違いであれば良い。しかし、なんだかそのような気がしない。

お父さん、お母さん、どうぞ時間をとって子供達を外に連れ出し、彼等と会話し、自然の営みを体験させてあげて下さい。彼等は、必ず、花鳥風月を感じる情緒や感性の高い子供に育ちます。

子供の教育は親がするものであって、学校教育や先生に任せきりにすることだけは無くしましょう!!

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by kouchan-life | 2006-12-17 06:47 | 文化

ノーベル平和賞ムハマド・ユヌスさんの授賞式での演説

ノーベル平和賞の授賞式が12月10日、ノルウェーの首都オスロの市庁舎で行われました。

ユヌスさんは、1974年にバングラデシュの大飢饉を目の当たりにして、農村で、特に家計簿を切り盛りする女性に力点を置いた「無担保小額融資(マイクロクレジット)」を考案しました。このことが、今回の受賞に繋がりました。

受賞演説では「貧困は平和への脅威」だと語り、対テロ戦争に走る世界の指導者に警告を発しました。また、「世界の指導者の関心が貧困との戦いからテロとの戦いへと移行した」と指摘しました。

「貧しい人々の生活改善に資金を投入する方が、銃を使うよりも賢明な戦略だ」と述べられ、イラク戦争に巨額を投じる米国などの姿勢を批判しました。

演説では、貧困層への融資のような事業を「ソーシャルビジネス(社会的事業)」と表現し、そして、ソーシャルビジネスを展開する企業でつくる証券市場の創設を提案されました。

ユヌスさんの演説は、現在社会において「銃より貧者に資金が重要だ」と訴えていると思われます。
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by kouchan-life | 2006-12-14 20:57 | 政治、経済、立法

最近の日常や思っていること

11月25日(土)は外国人の日本語支援でボランティアをしている「実用日本語学習会」のイベントとして、神戸の北野工房や異人館に行きました。この時気付いたのですが、外国人を異人館に連れて行っても、ちっとも喜ばないのですね!

当然ながら、彼等は外国人、すなわち異国人であるので、彼等が以前住んでいた家を見ても興味が湧かないのです。大げさですが大発見です。

私が最近興味を持っているテーマに「食育」があります。この関係で、11月14日(火)に国立京都国際会館での「世界健康フォーラム2006・京都」に出席しました。

カスピ海ヨーグルトを日本に紹介したことで有名な「家森幸男」さんが基調報告をし、その他に、千玄室(裏千家大宗匠第15代家元)、中嶋宏(WHO名誉事務局長)、北野大(明治大学理工学部教授)、三國清三(オテル・ドォ・ミクニ・オーナーシェフ)さんがパネリストとして出席しました。

「長寿食文化で健康な未来を」のテーマで話し合いがありました。

長寿食をいただき、ヨーグルトは勿論、大豆イソフラボンが体に良いこと、お茶のカテキンも体にいいこと、お肉よりも魚が体にいいことなどの話を聴きながら、楽しい時間を過しました。

また、もう1つのボランティアの「ハッピースマイル応援隊」として活動している組織「茨木市保健医療センター」がテーマとしている食育は、「小学生が朝食を食べないこと」や「野菜を食べないこと」に対する対策です。

その原因は、お母さんが勤めやアルバイトなどで忙しく、朝食を作る時間がないため、子供達の朝食が欠けることになったり、コンビニで買った野菜の少ない食事が中心になったりしていることです。

朝食を取らなかった時の健康に対する害や、偏ったバランスの悪い食事で起こってくる肥満などを説明するとともに、短時間で出来るバランスよい朝食や夕食の調理法を指導したりしています。

12月2日(土)は、タイのエイズ感染の話を聴きました。チャリティでした。エイズ感染した両親の死亡が原因で孤児となった子供達を収容する施設を建設するため、ボランティア活動をしている吉田登さんという人の話を聴きました。とても胸を打たれるものがありました。

タイはとっても貧しい国であることを教えられました。タイを旅行した時にはまったく感じなかったことなので、とてもショックです。

12月7日(木)と8日(金)は長浜に泊りがけのテニスの試合に出かけました。家内とのミックスダブルスで夫婦の部で出場しました。8チームのリーグ戦で7試合をし、4勝3敗でした。初めての出場としては、好成績だったと思います。

出場選手は国体に出た人達や全国大会で入賞した人達がいて、優秀な方達ばかりでした。その中で、このような好成績だったので大満足です。また、多くの人達とコミュニケーションし、お友達になれて、とっても楽しい時間を過しました。

来年の春頃には、韓国に行く予定をしています。韓国は、以前、仕事をしていた青洲(チョンジュ)の「化学物質の有効性や安全性を試験している研究所」に行くことと、冬のソナタの物語に出てくる春川(チュンチョン)に行く予定をしています。

また、来年の秋頃にアリゾナのコングレスに行く予定をしています。アリゾナは、友人が住んでいる街で、大自然の大地のスペクタクルが味わえるところで、とっても楽しみにしています。

こんなふうに、「夢」を先に持っていると、毎日が張り合いがあって、活き活きした日常を送ることが出来るのです。私は、先に先に予定を決めて、それを達成してゆく楽しみを持つ生き方をしているのです。

これって、良い事なのですよね !!
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by kouchan-life | 2006-12-11 06:32

今年のノーベル平和賞のムハマド・ユヌスさんなど社会起業家の事業やNPO法人などが第三の就職先になるかも

現在は就職難の時代である。大学を卒業しても希望する就職先が見つからず、アルバイトをしながら長期間就職先を探していることが多い。また、派遣会社に就職して、生計を立てている若者も沢山いる。

同じことがリストラを受けた中高年の人々にも起こっており、容易に就職先が確保できていない。

今年のノーベル平和賞に選ばれたバングラデシュ出身の経済学者ムハマド・ユヌスさん(66)は、欧米では「ソーシャル・アントレプレナー(社会起業家)」の草分け的存在として知られている。政府や非営利団体が従来担いがちだった福祉や教育、環境といった公共性の高い問題に、収益事業として取り組み、解決していこうと試みる人々である。

ユヌスさんが創設した「グラミン(農村)銀行」の事業は型破りだった。

貸出先は農村の貧しい人々だけ。それも家計を切り盛りする女性が大半である。土地など担保は取らない。融資の焦げ付きを防ぐため、地域の住民に返済の連帯責任を負わせる。借り手だけでなく、地域全体の暮らしの底上げを目指している。

銀行は裕福な人に金を貸したがる、というのが常識だ。しかし、貧しい人々に金を貸すことが事業として立派に成立することを、ユヌスさんは身をもって示した。

社会起業家とは、彼のような世の中の常識的発想をガラッとかえることができる人である。

社会起業家がつくる組織は、その公共性からしばしば非営利団体(NPO)に分類される。しかし、「非営利」のレッテルを嫌う起業家は多い。利益を追求する一般企業と競ってこそ、事業の効率性が高まり、質のいいサービス提供につながるからである。

ユヌスさんの平和賞は、世界で活躍する社会起業家への激励であったように思われる。この活動形態は、日本でも公共サービスの担い手としてもっと検討されてもいいはずである。

就職するなら会社員か公務員か。こんな選択に加え、最近、NPO法人が「第三の就職先」として期待を集めている。

その可能性を秘めてはいるものの、目下の最大の問題は「食べていけるか」だ。

活動分野は、「保健・医療または福祉の増進を図る活動」を目的に掲げる団体が最も多く、約6割、「社会教育の推進を図る活動」を掲げるのは約5割、「まちづくりの推進を図る活動」は約4割だ。

しかし、規模は小さく、働く人の給与は少ない。常勤スタッフの平均年収は約130万円で、300万円以上の団体は12.6%しかない。

団体数は着実に増加している。しかし、07年から定年を迎える団塊の世代や若者の雇用の受け皿としてはまだまだ力不足といえそうである。原因は財政基盤が弱いことに尽きる。

しかし、大企業の内定をけって、NPO法人に就職したり、起業したりする学生が増えてきている。ユヌスさんのような社会起業家が新しい発想で事業を立ち上げ、成功する時代が必ずやってくると思われる。

リーダーになる資質のある人ほど、高収入を得ることよりも、社会的課題に取り組むことを優先する傾向が強い。そうした新しい芽が次々と育てば、NPO法人は財政面や人材面で充実し、有力な就職先になりうる。

行政のスリム化が進めば進むほど、公的なサービスの担い手としてNPOの活躍する余地が広がる。したがって、将来、NPOが第三の就職先になる日も近いかも知れない。
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by kouchan-life | 2006-12-10 05:52 | 政治、経済、立法

アメリカの中高年の生き(活き)方

アメリカの中高年の生き(活き)方は、日本の中高年と大きく違っています。

なお、ここで書いていることは、アメリカ人と結婚してアリゾナに住んでいる日本女性から教えていただいたものです。

アメリカ人はこうだ、日本人はこうだと一概に言うことは難しいことです。また、アメリカと言っても広く、東海岸と西海岸では違いがあります。

しかし、一般的には、アメリカ人の方が、前向きに楽しく、毎日を送っているように見えるとのことです。

第一として、アメリカ人は年齢のことをあまり言わない。と言うよりも、年齢を気にしません。

例えば、どんな小さな街にもvisitor centerがあり、その街への訪問者は情報を得るために、ここに立ち寄ります。必ずと言っていいほど、その観光案内所の窓口にいるのは、60歳代の人々です。時には80歳ほどの人も見かけます。多分ボランティアだと思います。

また、博物館や国立公園内のガイドも、多くは60歳以上です。これらのボランティアは、無償ではなく、交通費やガソリン代ぐらいは出ているとものと思います。自分の好きな分野を来館者に説明し、何時までも若さを保っているように見えます。

アメリカでは、求人募集をする時、性別、年齢、肌の色を限定してはいけません。結構年取った女性がサービス業で見かけます。例えば、ファーストフードのお店やレストランなどです。

日本では、さしずめ若い女性が前面に出て、年取った女性は隠れたところで皿洗いと言う感じですが。

アメリカでは、年齢による上下関係は表立ってありません。ご存知のように、英語では丁寧語はありますが、尊敬語や謙譲語は日常生活では見られません。

そして、服装も年齢によって、あまり変わりがないのです。夏であれば、20代から70代まで、スーパーなどではみんなTシャツ、短パンと言ったいでたちです。

第二として、"常識"と言う言葉はあまり聞かれません。

"常識"を辞書で見ると、common senseとあります。日本で言う「そんなの常識よ、知らないと格好が悪いわ」とするのはcommon knowledgeで、本来のcommon senseとは違った意味です。common knowledgeは、慣習的に知っていなければいけない"常識"です。

何か起こった時に、とっさの判断でその事態を切り抜ける、人間として智恵を働かせる、それがアメリカのcommon senseです。

因習的に「こういう場合にこうする」と言うのは、アメリカではcommon knowledgeです。日本ではそういう慣習的に行われている暗黙のルールが多すぎるように思います。

そして、それらの社会的な暗黙のルールが、新しいことや人と違う生活を始めようとする時、大きな妨げになっているように思われます。言葉を言い換えると、日本では昨今common knowledgeはあるが、common senseのない人が多いように思われます。

第三として、アメリカ人は移動型民族だと思います。

定年後、多くの夫婦は自分達にとって快適な、居心地の良い場所へと移動します。仕事場が近いのでAに住んでいたが、仕事が離れればAに住む必要がないという訳です。夫婦で協議して、気候の良い、物価の安い場所へ移住します。

仕事もそうですが、アメリカでは、その時その時で、夫婦は自分達の住む家を選んでいます。一生の内で職場をいくつも変える人が多くいます。ひとつの場所に長くいると言う、日本人の根底には、「墓」への意識が深く根付いていると思われます。

第四に、その他のことを書きます。

男性に関しては、良く喋る人が多いです。朝10時頃、カフェや喫茶店に行くと、1つのテーブルを囲んで、リタイヤーした男性が2時間はゆうに会話を楽しんでいます。

中高年に限らず、若い人達も相対的に男性の方が良く話すと思います。

そしてもう1つ、幾つになっても、女性に関心を持っています。80歳の男性が65歳の女性と結婚したりしています。

最後に、パワフルなアメリカの中高年の例を書きます。

学者一筋で研究のみの生活を送っていた女性が、ドライバーひとつ持ったこともなければ、電球ひとつ変えたこともなかったのに、たった一人で自分の家を建てたのです。多くの人達の助けをすべて拒否し、一人で1日10時間から15時間掛けて1年半掛りで建ててしまいました。手伝ってもらうと、自分が成長しない、学習しないと断ったらしいです。

画家の女性の場合、84歳で、20年前に主人を亡くし、ふらりとアリゾナンを訪れ、その場所が気に入り、土地を買って自分の家を建てました。息子さんたちの助けもありましたが、3年ほど掛かってレンガと石造りの家を建てました。その土地の歴史を調べ、絵を描き、一冊の本にまとめました。彼女の本や絵葉書が近くの本屋さんで売っています。

男性の例です。幼少の頃ポーランドからアメリカに来て、16歳で5歳上の女性と結婚しました。現在69歳です。アメリカに来て以来、幾つもの仕事をして、冨を築きました。いくつかの家やモーテルを所有し、風景画の作家です。しかし、彼は、まだ、自分の他の才能を発掘しようとしています。彼の家に泊めてもらった時、家にオルガンが置いてあったので尋ねたところ、日曜日に教会で弾いているのだとの答えでした。彼はオルガンも演奏できるのです。

アメリカの中高年の生き(活き)方を書きました。日本の中高年の生き(活き)方と、随分と違っているように思われませんか?

私は、アメリカの中高年者の生き(活き)方を参考に、出来るだけアクティブに日々を送っています。

心と体の健康を維持しながら、自分の思いの達成を目指し、活き活きとしたいと思っています。
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by kouchan-life | 2006-12-01 05:15 | 文化



定年後の第二の人生を活き活きと生きるためのメッセージ
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